喉の渇きに、女は身動ぎした後、ゆっくり目を開けた。
ほの暗い部屋。女の横たわるベッドの側に頼りなく揺れる燭台が1つ、そしてベッドから1番遠い場所にあるカーテンの隙間から時折、淡く外の光が差し込んでいる。
『眠っていたのね…私。もう日が登ってしまっているわ…。』
女は残念そうに、その淡い日の光を眺めながら呟いた。
はぁ…と、小さなため息をついて、豪勢なベッドの横にあるテーブルに置かれたフルーツの山へと目を向ける。
「…日差しが何だというのだ？よ…。この部屋は、常に光を遮る…なかなかに快適だぞ…？」
女の横、シーツの海の中からたくましい腕が伸び、の身体を引き寄せた。
艶のある、中性的だが野性味のある声がくぐもって聞こえる。
『あら…DIO様…ごめんなさい、起こしてしまいまして？』
「んん…。」
シーツをどけると、暗がりでも輝いているように見える程の美しい金髪。
陶磁器のような白い肌。
ため息が出るような肉体美。
DIO様、と呼ばれた吸血鬼は、瞼を閉じたまま、気だるそうに返事をした。
は、圧倒的な力を持ち、人心掌握の技術を持ち、ついには時をも操る能力を持つ、隙のない男の、隙を見せる姿につい愛しい気持ちを溢れさせてしまう。
DIOの首にある毒々しく赤黒い傷口に指先を這わせ、その金色の糸のような髪を撫でた。
『それは、失礼致しました。喉が渇いてしまいましたの。…誰かが私の血を啜るからかしら？』
「ンン…昨夜もお前は格別だったぞ…わたしの可愛い…。」
やっと瞼を上げたDIOの金色に輝く瞳がを捉えた。
はDIOと全く同じ色の瞳で微笑み、DIOの頬に敬愛を籠めたキスを贈った。
の首筋には、まだ薄っすらと昨夜DIOのつけた噛み跡が残っている。
「…今日はどんな味を楽しませてくれるのだ…？」
『ふふっ…もうDIO様のお食事の話？私の食事の話をしていますのよ？』
「お前の食事がこのDIOの食事に繋がるから聞いているのだ。」
DIOは気だるげに起き上がり、フルーツを手に取り選んでいるの首筋を甘噛みする。
はそのくすぐったい感覚に首をすくめて喉の奥で笑うと、目についた魅力的なフルーツを手にしてDIOを振り向く。
『今日は桃にします。DIO様お好きかしら？』
「…悪くない」
は紅色と黄色と、文字通り桃色のグラデーションがかかった実の皮を、小さなナイフで大雑把に剥いていく。
濃い白色のみずみずしい果実からは、既にむせ返る甘い香りが漂って、半透明の果汁がの手の平へと伝っていった。
『んん〜、美味しそう…頂きます。』
は誘うような実に、真紅の唇でかぶり付いた。
実から溢れた果汁がじゅわりと音を立て、シーツへと落ち、の腕へ伝い、顎から首へと伝い、更に桃の香りは部屋へ充満していった。
『美味しい…。みずみずしくて、程よく甘くて、柔らかすぎない…さすがテレンスさん。食べごろを選んでくれたのね。』
思わず夢中で貪りたくなる魅惑の味に、は舌鼓をうつ。
滴る果汁は更に溢れ、指や口が汚れるのもそのままに食べ進める。
それを満足そうに眺めていたDIOに、は視線をやる。
食べかけの桃を、そっとDIOの方へと差し出した。
『DIO様もたまには、召し上がってはいかが？毎日私の血だけでは、飽きませんか？』
「ふん…、お前の血が今夜はその果実の香りを纏うのだぞ…？わたしはそれで十分だ。」
DIOは桃を持つの手首を掴み、妖艶な声で囁いた。
しかし、吐いた台詞とは裏腹に、重力に従いの腕を伝っていく果汁に舌を当て、手首に向かいゆっくりと舐め上げていく。
「…だが、悪くない。この果実の香り、豊潤で何とも言えないな。」
掠れた声で囁くDIO。
の果汁に濡れた唇へとキスをし、甘い果汁を舐め取るように舌を這わせ、音を立てて、吸い付くように甘噛みをする。
の唇にDIOの牙が当たり、滲むように血が溢れるのを、DIOは恍惚とした瞳で眺め、果汁を舐め取るのと同じように傷口に舌を這わせた。
『んっ…ぅ、DIO様…っ…』
「んん…、…はぁ…美味い。…たまらないぞ、…。」
DIOの舌は果汁の垂れる顎から首、デコルテへと這って降りて行く。
は、戯れとは言え主人であるDIOが自らの肌に滴る果汁を舐め取って行く光景と、唇に走るじんわりとした痛みに妙な興奮を覚えながら、されるがままにDIOのゆったりした動きに身を任せた。
「…んっ、しかし…甘い…果汁だけではやはり飽きる…」
『んん…っ、DIO様…』
「…このDIOはお前の血が飲みたいぞ…甘みの中にワインのような芳醇さとスパイスのような刺激が混ざった…お前の血が…」
『ぁ…あ、DIO、様っ…』
「ン、どうした…？随分と艶めいた顔だな…」
はうっとりとDIOを呼ぶと、彼は真っ赤な舌を彼女の肌に這わせながら牙を覗かせ、上目遣いでを一瞥し妖艶に笑った。
その視線、声、感触…それだけでは眩暈を起こしてしまうような感覚をおぼえた。
『はぁっ…いや…DIO様…もう…』
「嫌…？何が嫌なのだ？…」
『あっ、…んん…我慢出来ません…焦らされるのは嫌です…早く…』
まるで媚薬を盛られたかのように、は息を荒げてDIOに縋る。
手にしていた桃はベッドへと落ち、そしてDIOがを押し倒した衝撃で更に床へと転がっていった。
「わたしも焦らされるのは、嫌いだ…」
『DIO様…はっ、ぁ…私を召し上がって…』
は覆いかぶさるDIOの美しい肉体をなぞるように指を這わせ、髪の毛を弄び、傷口の走る首筋へと腕を回した。
DIOもまた、組み敷いたの身体を指先でなぞり、情欲に濡れる瞳を眺めていた。
「…いいぞ、その視線…。お前のその瞳も、体も、血も…全てこのDIOのものだ…」
『あ、っ…はい、DIO様…っ、DIO様の、お好きになさって…』
DIOはされるがままのを見て満足そうに口角を上げると、彼女の首筋へと顔を近付け、牙を滑らせた。
「ンン〜、豊潤な桃の香りだ…お前の血もさぞかし…甘くとろけるような舌触りなのだろうな…」
とびきりの甘い声での耳へと囁くと、DIOは鋭い牙を、その白く柔らかな肌へと突き立てる。
はDIOの首に縋るように腕を回し、桃色のため息をゆっくりと吐き出すと、金色の瞳をうっとりと閉じた。
END
(2014.06.21 by69）