ぼんやり…
色のない空間から手の平で掬い取られるように、現実世界へと覚醒する。
ゆっくり目を開けると、薄暗い、見慣れた天井が彼の視界に広がった。
その齢には、多少似つかわしくない豪勢なベッドで身を起こす、紫の瞳と髪の青年。
「あれ…いま…何時だろう…」
眠そうに目を擦りながら、ベッドサイドにある自らの腕時計に手を伸ばした。
時計の針は数字の6を指している。
カーテンが引かれた部屋で、午前6時なのか、午後6時なのか…まだ半分意識が夢の中にある頭を必死に動かした。
「うぅ…確か…ボスからの指令で調査に出かけたんだ…朝…早くに…だから…」
『今は夕方6時よ、私の可愛いドッピオ。』
彼の独り言に、艶やかな女性の声が返事をする。
部屋の入り口に立ち、手には飲み物と食べ物の乗ったトレイを持って、口許に薄っすらと笑みを湛えるその女性は、ゆっくりと彼の横になるベッドへと近づいた。
「さん」
『おはよう、ドッピオ。気分はどうかしら…？』
ドッピオの横たわるベッドの淵に腰を下ろしたは、手にしていたトレイをサイドボードに置いて、彼の顔を覗き込んだ。
さらり、と彼の顔にかかる前髪をどけてやり、愛嬌のある目元からそばかすだらけの頬を包み込むように撫でる。
ドッピオは、情けなく眉を下げて笑うと、に撫でられている反対の頬を指先で掻いた。
「え、と…気分は全然大丈夫…でも、なんか記憶が途切れてるというか…ボスの指令で出掛けたのは覚えてるんだけど…」
『ふふ、疲れていたのよ。帰って来るなりすぐにベッドで眠ってしまったもの。』
「そうなのかな…。」
ドッピオが少し恥ずかしそうに俯く。
はそんな彼を愛おしむように微笑み、持ってきたトレイの上からサラダボウルにたっぷり入っている苺を取った。
『ドッピオ、苺は好き？』
「え？……うわぁ〜すごいたくさん！」
『市場で見かけて、美味しそうだからつい買っちゃったの。疲れた時は、甘いものが1番よ。さ、食べて？』
真っ赤に色づいた洗いたての苺、表面を雫が滑り落ちて、ついつい手を伸ばしたくなるような愛らしさ。
甘く酸っぱい芳香に、唇が、舌が、その絶妙な味を早く味わいたいと脳に語りかけるようだ。
ドッピオはその紅い誘惑に勝てずに手を伸ばす。
「ありがとう、いただきます。」
口に含めば香りが鼻に抜け、歯を立てるとじゅわり、と甘酸っぱい果汁が滲み出て口内に広がる。
種が弾む歯触りに、ドッピオは表情を緩ませてゆっくりと咀嚼した。
「ん、ぅ、美味しい…！」
『よかった、…もっとどうぞ？』
は苺に負けない程艶やかな紅色を爪に挿した指先で、ボウルから苺を一粒つまんでドッピオの口元へ差し出した。
ドッピオは少し恥ずかしそうに目を泳がせるが、のミステリアスな瞳に見つめられて、操られるように口を開けた。
「あー…、ん。…んん、美味しい…」
『ふふっ、ほら…もっと食べて？可愛いドッピオ…』
は膝に抱えていたボウルをベッドに置くと、まだ口の中で苺を噛んでいるドッピオの唇に次の苺を押し付けた。
ドッピオは焦った表情をするが、に体重をかけられてそのまま、眠っていたベッドへと再び倒れ込んでしまう。
『あぁ…ドッピオ…なんて愛らしいの…』
「むぐっ…！んむ、ま、まだっ…口にっ…！さん！」
『ふふっ…。その焦った顔もとってもカワイイわ…。』
ドッピオに跨るようにして、次々と苺を彼の唇へ押し付けては、無理やり口に押し込んでいく。
イタズラを楽しむ子供のように、だがその表情は恍惚として…。
妖艶に嗤うをドッピオは必死に止めようとするが、しっかりと腹部に跨られていて、為す術もない。
「んっ、ぐ……！やめ…！」
『あらあら、ドッピオ。果汁が垂れてるわ…。いけない子…。』
唇から溢れ出る苺の果汁を、はドッピオに見せつけるように舌を出して舐め取る。
口に詰め込まれた、むせかえる程の苺の香りと味。
憧れている女性の、耽美な誘惑。
物理的に息苦しく、心臓が煩く高鳴り、視界がチカチカして色が変わる。
そして、割れるような強い頭痛がドッピオを襲った…。
「………、少々悪戯が過ぎるぞ。」
『……ディアボロ。…ふふっ、来てくれたのね…？』
ドッピオの首筋に舌を這わせ、甘く吸い付き、キスマークを残していたの耳に、先ほどまでの青年の声とはまるで違う、低く艶のある声が響く。
肩を押し返そうと添えられていた幼さの残る手がゆっくりと離れると、の腰へと移動し、そのまま背中を這うように撫で上げる。
その感触は、男らしい無骨な手のひらで、先ほどまでの震える青年の指先とは違う。
は顔を上げる。目の前に横たわるのは、今まで下敷きにしていたドッピオとは似ても似つかない、よりも歳を重ねた男…ディアボロであった。
「わたしのドッピオに無理をさせるな。」
『ドッピオったら、可愛いんだもの。仕方ないわ？』
が腹部に跨っていようが関係なくディアボロは起き上がると、今度はをベッドへと押さえつけた。
はされるがまま、ディアボロの下で彼の妖しい瞳を眺める。
ディアボロもまた、組み敷いたの溢れ出るような色気に、満足そうに喉の奥で笑った。
「…お前はまるで果物のように美味そうだ…ドッピオの口に押し付けていた苺のように…甘く、誘惑してくる…」
『そうかしら…？』
は薄っすらと笑みを湛え、指先をディアボロの頬へと伸ばし、垂れ下がる牡丹色の髪を弄ぶように梳いた。
彼女がディアボロに向ける瞳は、うっとりと、とろけるようで、口からは甘い吐息を吐いた。
ディアボロは、艶やかに笑うのビスチェを半ば強引に外しにかかる。
強い力で肌がさらけ出されて行く…はディアボロの指先が肌に当たる度に、小さく声を漏らした。
「…随分物欲しそうにしているな、。」
『んっ…だって…ドッピオと戯れていたのよ…
それに、ディアボロ…あなたの瞳に…吸い込まれてしまいそうなの…あっ…ッ…』
ディアボロは、既に露出している肩から鎖骨へと甘く歯を立てては、舌でなぞり上げていく。
の白い首筋にキスをし、所々へと所有のキスマークを残す。
『あっ、…んん、ディアボロ…』
「ふっ…いい声だ……もっと私を誘ってみせろ…」
『ぁ…っ、もっと…もっと欲しいわ…ディアボロ…触って…、っ、キスして…んっ、まだっ…足りない…』
ディアボロの腕に縋るように、自らの指を滑らせる。
彼を見上げる瞳は水面のように潤み、吐く息は熱く、喉の奥から甘い喘ぎ声が漏れた。
ディアボロは乱れ色気を増すを見つめ、欲情を隠し切れずに舌舐めずりをする。
「…ならばこの私が、直々にお前を満足させてやろう。」
無数につけたキスマークに満足そうに口の端をつり上げ、ディアボロはの唇を貪るようにキスを落とす。
は長いディアボロの髪が自らの肌に触れるのをもどかしく思いながら、彼の首へ腕を回し、真紅の唇でそれに応えた。
『んっ…ふ、ディアボロ…』
「…っ、」
互いの唇を堪能するように、キスは次第に激しくなっていく。顔の角度を変えては、息つく間も無く舌を絡ませ、リップ音を立てる。
ディアボロはの肌をゆっくりと撫でながら、乱れたドレスを更に剥がしてゆく。
もまた、彼の長い髪に指先を差し込んで誘うように弄んだ。
『んっ、ぅ…はぁっ…』
「いいぞ…、…お前のその妖艶な瞳…たまらないな…」
唇を離し身体を起こしたディアボロは、ゆっくり息を吐くと、黒く塗られた自身の爪先での胸から頬までなぞるように撫であげていく。
はその感触に甘く溜息をつき、ディアボロの手に自らの手を重ねて頬擦りしながら誘惑する視線を投げた。
ディアボロは満足そうにの紅潮した頬や蕩けた目元を撫でると、再びに覆い被さる。
「さぁ…もっと私に、お前の乱れた姿を見せてくれ…身悶えて…淫靡に喘ぐお前を…」
その囁きにはただただ甘く息を吐き、恍惚とした表情をした。
すぐにまた互いの唇を奪い合うように口付けて、溶け合うように肌を撫で、欲望が入り混じった行為が始まる。
……床へ転がり落ちたサラダボウルからこぼれた苺が、漆黒の絨毯の上に散らばった。
END
(2014.06.30 by69）